※本来なら社労士はどういう仕事をしているかやどういう試験か、私の経歴の紹介をしてから(それを踏まえないと用語に馴染みがなくて内容がわからない部分があるため)書いたほうがいい内容なのですが、今の気持ちで書き起こすことに意味があると思ったので、用語を知っている前提で書かせていただきます。
先日、知り合いの経営者の方から「(ご自身のことについて)これからどうしようか」という相談をされることがありました。
私からみたら先輩の経営者の方だったのですが、年齢的には私よりひと回りお若い方だったこともあり、失礼ながら「確かなビジョンや見通しがないと成長はないので、それを定めたいですね」という主旨のことを話させて頂きいました。
(小文字)といっても私の寄り添い方が足りないだけで、どういうビジョンを持たれているのかを私が掴めきれてないだけなのかもしれませんが(そうなのだとしたら、ただただ申し訳ないです)
そして同時に、自分の言ったことが特大ブーメランとなって自分に返ってきたのです。
そこでこの記事ではそのブーメランを受けて思ったこと、私自身の今後について考えたことをまとめてみます。
【私には”確かな”ビジョンや見通しはあるのか】
現状の私というのは
、
・社労士として開業はした
・試験科目である労働法規(労働基準法など)、労働保険(雇用保険、労災保険など)社会保険(年金保険、健康保険など)といったものの知識はある
→ただし、社労士試験は広く浅くな試験のため、いづれの分野に対しても社労士として仕事にできるほどの深さはない
・(知人の依頼等で法制度等の概要講演の依頼は受け付けているものの)就業規則を作ったり、保険手続きの代行をしたりといった多くの社労士の先生方がメインにやられている部分での業務実績がない
・実務能力を養うための各種セミナー等への参加している
・親族が亡くなったことにより発生した相続ほか各種対応
・収入確保のためにアルバイトなど副業もしている
・一度、健康上の理由で仕事から長期離脱しており、健康上のことで不安はある
という状況です。
また、社労士の先生方であれば当然に労働法規や労働保険、社会保険の知識をみなさまもたれています。
そのため、それだけではほかの先生方と同じなわけですので活路は見えてきません。
現に私は今、社労士でないとできない仕事での実績がないわけですからね。
したがって、これから私は社労士として求められる仕事を求められる水準でできるようになるために”何かしら”の研鑽を積み、ひいては「太田だから」と選ばれる状況を作っていかないといけないわけです。
しかし、今の時点ではどのような自分になってお客様に選んでもらえるようになるのかについてのビジョンは描けていません。
といいましても、まったく描けていないというわけではないのではなく、この分野に精通した人になりたいという希望はあります。
ただ問題はその先で、自分が望む分野に精通し、知識を身に着けたところで、それをどう仕事としていくのかの”確かな”ビジョンはありません。
また、仕事として成立させる形式(誰に何をどう届けるか)が見えたとしても、どうそれを成し遂げるかあるいはどうそれを成し遂げられるようになるかの見通しも漠然としております。
【これからどうするか?】
このような状況にあるがために、私には自分の言葉が特大ブーメランとなってしまいました。
そのために投稿を通して整理をしようと思うに至ったわけです。
では実際どうするか。
大事なことは初めの目的に立ち返ることなのだと思います。
私が社労士として独立した目的は何だったか。
それは事務所名に込めた Design Hertz をしていくことです。
この事務所名に入れた Hertz には周波数のほかに医学用語で心臓の鼓動という意味があります。
そこから私は「鼓動が生み出すその人の波長」と意訳をして、この言葉を捉えてます。
そして、「人との波長が合う」という言葉があるように、会社等の場でいろんな人々の波長の合った心地よい環境をデザインしていきたい(実現させていきたい)との思いからこの事務所名にしました。
そして、改めて文章に起こしてみて思うことは、決して忘れたつもりはないけれど、日々のことに追われてどこかあやふやになり、あまりに現状と目的を果たした状態が遠くなってしまったなということです。
それゆえに自分の言葉をブーメランとして受け取ってしまったのでしょうね。
とはいえ、今回の件は私にとって立ち止まって考える機会になりました。
なので、今できる範囲ででも今後のことを考えてみようと思います。
【例え話に当てはめる】
ところで、ビジョンと見通しというのは似ているようで違う言葉です。
そのため、混同をしないように気をつけなければなりません( “手段の目的化” への罠にがまっています)。
そこで例え話を使って両者の違いのわかるようにしてから、そこに自分のことを当てはめて整理していきます。
(例え話)新宿から通天閣へ
あなたは今、新宿にいます。
そして、高いところから街の景色を眺めたいと思ったとします。
そんなとき、大阪に通天閣という高い建物があることを知りました。
でも、鉄道を使えばいいということはわかるものの、どうすれば通天閣まで行けるかはわかりません。
という状況があったとします。

さて、ここでいうビジョンと見通しはそれぞれ
ビジョン:通天閣から街の景色を眺める
見通し:通天閣まで○○駅、××駅…を通るという道のり
ということになります。
ではこの通り進めばいいのかというとそう簡単な話ではありません。
まずビジョンについて、本当に通天閣を目指していいのかは考えなければなりません。
大阪にはもっと高いあべのハルカスもあります。
また、わざわざ遠方に行かなくても今いる東京には東京タワーがあります。
さらに東京スカイツリーへ行く機会に恵まれたとして、なおも通天閣は拘るものなのかどうかが定まっていないと自身がブレる原因となります。
また、見通しについては、少し前が見えて新幹線に乗ればいいことが分かったとします。
そうすると、東京か品川かどちらかに向かうことになりますが、どちらに進んでも大事な新幹線という大事なことを外していないので、時々に応じて考えたり悩んだりしていけばいいのだと思います。
しかし、往々にして情報が少ないと非効率なことをしてしまいがちです。
そのため「西に向かわなければ」と小田急線に乗ってしまうかもしれません。
その場合、西に進めてはいるので本人は順調とすら思ってしまうこともあり得ますし、各駅停車で進んでいたら、急行に乗り換えることで大きな進歩を感じるかもしれません。
ましてそこで「ロマンスカーというものがあるらしいから、乗り換えられる駅まで行って何とか乗ろう」と思いはじめてしまったら、通天閣からの景色を望んでいたはずなのに、いつの間にかロマンスカーに乗ろうとする”手段の目的化”が起こってしまっています。
【では私はどうなのか】
では、私はどれくらいビジョンを描け、見通せているのかを整理してみようと思います。
〇ビジョンについて
会社等の場でいろんな人々の波長の合った心地よい環境をデザインしたいというのが私のビジョンです。
このいろんな人の中には様々なジェンダーの人や障害者の人たちのことをもイメージしていて、その人たちの権利も守られた環境をデザインしていきたいという思いがあります。
ただ、それは課題として解決しなければとの認識で、解決した結果こうしようというものには昇華できていません。
“大阪の街を高いところから見てみたい”という思いは持ててても、それが通天閣かあべのハルカスかはおぼろげなのだと思います。
〇見通しについて
見通しについてはなかなか厳しいと感じています。
もっとも、今、いちばん日常で時間を費やしているのが相続やもろもろの対応で、本業には時間が取れていないのですが、これ自体は法律でやらなければいけないとされていることもありますが、人の持つ権利や金融の知識など世の中の仕組みとして得られるものも多いです。
社労士としてというよりは人としての器を大きくする機会として大事にしていきたいとは思っています。
そのため、織り込み済みのことではあるのですが、具体的なアクションを起こせていることが少ないことに危機感はあります。
その中でできていることは人脈づくりと各種セミナーや講習への参加です。
手あたり次第感もなくはなく、東京や品川にどう向かうかだけではなく、変な経路で向かおうとしている節はあります。
それでも、できることが少ない状態は抜け出さないとなので、最後は新幹線に乗れるように続けていきたいと思います。
また、アルバイトについては小田急線に乗ってしまっている感じを受けています。
それ自体は収入という意味では大事なのですけどね。
アルバイト先での業務をこなすことへの成長というものも無駄にはなりません。
しかし、ちゃんと小田原で乗り換えられるよう線引きの感覚はしっかり持っていたいと思います。
【結びに代えて:ビジョンを叶えるために】
私の抱える課題のひとつは「知識があるだけ」からの脱却だというのをこの記事を書きながら感じていました。
講師の経験もあり、説明するということには工夫してきたと思っています。
その経験を踏まえてのこの記事を書けたことには今後、発信に力を入れていく必要を感じました。
確かに、相続や整理に追われている部分はありますがその中でもビジョンに向け進んでいくことの大事さに気づけたと思います。
長い文章をお読みいただきありがとうございました。
何かのヒントが届けられていれば幸いです。
